18SS テーマ・ストーリー

毎日の宝物

ジャガード織りのカーテンの向こうから
朝の光が差し込むと、彼の1日が始まる

仕事場までの道中には小さなパン屋が1軒
店の主人は無口でちょっぴり無愛想だが
毎朝、そこでチェリーパイを買ってから
仕事場に向かうのが、彼のささやかな楽しみでもある

彼が勤めているのは海辺に佇む小さな工場
出勤するとまずワークウェアに着替えるのだが
いわゆる作業着的なものではなく
その日、自分が一番ハッピーでいられる洋服が
彼のワークウェアとなる

持ち場に着いてほどなくすると
クマの着ぐるみのような工場長が大きな金属の塊を持って
「のっしのっし」とやって来る

そして右手に持っているステッキをサッとひと振りすると
不思議なことに塊は小さな星屑のように散り散りばらばらになって
宙にぷかぷかと漂い始める
それが始業の合図だ

彼は星屑のようなものをそっと掴み取ると
未来感ある銀色のシートで包み込み
青い炎を表面にすべらせては冷ますという
三つ星シェフのような動きを何度も繰り返して磨く

やがておもむろに手を止めてシートを開くと
もはや"屑"とはいえないほどの
きらめきを纏った物体が彼の手の中に浮かんでいた

工場とクライアントとの契約上
その"きらめき"が何であるかや、彼の手を離れた後
どこでどうなるのかを知る者はいないが
「人生のすべてに意味を見いだすことこそ、意味がない」
という彼にとって、それは大した問題ではなかった

1日8時間の仕事を終えると、街で唯一の酒場に足を伸ばし
様々なフルーツを日本の「ショウチュウ」で漬けた
「ポーリ」という名の果実酒を飲むのが、お決まりのコース
疲れているほどに美味しくなるという不思議なお酒だが
飲むのは決まって1杯だけ。そして帰路に着く

そんな日々が続いたある朝
いつものように出勤すると
彼は工場長に地下室へと呼ばれた

階段を降りるとそこには
とてつもなく巨大な竪琴が横たわっていた

どことなく寂しげで、色もかなりくすんでいる
工場長はポンポンと彼の肩をたたくと、こう呟いた

「君の腕で夜空に瞬く星のようにキラキラに磨いて欲しい」

しかし、見るからに年月を要する巨大さゆえ
彼は工場で働くようになってから、初めて返事を渋った

いまの仕事に不満らしい不満はないとはいえ
振りかえれば同じことを繰り返している、平凡な毎日だ

それゆえ工場を飛び出して、世界中の人をハッピーにする仕事を
自分のチカラで成し遂げたいという想いも、ないわけではなかった

が、熟考の末に彼が出した結論は「磨いてみましょう」だった

目指すところが遠くであろうと近くであろうと
最初の一歩は目の前にしか踏み出せないということを
彼は知っているのだ

その日から彼は、巨大な竪琴を輝きで満たす作業に没頭した
工場の中庭でツルを伸ばす胡瓜の成長や
そこに集まる虫たちを観察するのが、唯一の息抜きだった

どのくらいの年月を磨きに費やしたのだろうか
ある夏の日、巨大な竪琴は遂に本物の星のような輝きを手に入れた

肩の荷をおろした彼が
中庭に出て大きく深呼吸をすると
作業の終わりを祝うかのように
たくさんの虫たちが大空に飛び立った

そして彼には再び、何でもないような日々が
何ごともなかったかのように帰ってきた

それから何年か経ったある日の夜
仕事を終えてほろ酔いで家路を歩いていると
普段は静かな海岸に、たくさんの人たちが集まっていた

ハッピーな雰囲気のなか、みんなが夜空を見上げている
その視線の先に広がっていたのは満天の星空

あまりの美しさに思わず見とれていると
星の中に見覚えのあるシルエットが浮かび上がってきた

それは、いつかの巨大な竪琴のようでもあった
よくよく見ると、周りの星たちの瞬きにも見覚えがあった

「こんなにキレイな星空は、いままで見たことがない」

振り返るとそこには
いつもは無口で無愛想なパン屋の主人が
満面の笑みをたたえて立っていた

そして「星たちはみんな何年も掛かって
この光を私たちに届けてくれたんでしょうね」とポツリ…

その夜以来、ごくごく平凡だと思っていた彼の毎日は
1日たりとも欠かすことのできない、たったひとつの宝物になった


fin


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