19SS テーマ・ストーリー

江戸の絵師との邂逅

生い茂る竹林を奥へ進むと
目の前に白い蔵が現れた

いかにもお宝が眠っていそうな雰囲気に
古今東西を相手にしてきた骨董商の血が騒いだのも束の間
蔵の中は見事なくらい空っぽで
巻物が1本転がっているだけだった

巻物は、どうやら手紙のようだった
古文書のようなくずし字で書かれていたため
すべては読み取れなかったが
差出人は江戸の絵師からだった

そこには、後に鎖国と呼ばれることになる政策の影響で
画題の宝庫でもある海の向こうの
あれこれを知る術がなくなってしまった…
というようなことが書かれていた

そして文末には、現代でいうところの
住所らしきものが記されている

私は鞄から愛用の鉛筆と帳面を取り出し
当時の江戸では見るのが難しかったであろう
動物たちの様子を、つらつらと書き連ねた

犀、象、虎…。ちょっとした悪戯心で
架空の動物をあたかも実在したかのように
紛れ込ませたりもした

書き終えると帳面を切り取って封筒に入れ
件の手紙にあった住所らしきものを書き込んで
迷うことなく朱色の郵便箱に投函した

そう、私は300年前の手紙に返信したのだ
それは、ちょっとした悪戯以外の何物でもなかった
ところが、である
手紙を出したことすら忘れていたある日
1通の手紙が届いた

封を切ると、返信の御礼と
絵師が暮らしているという江戸の町の様子が
事細かに書かれていた

誰かが悪戯のお返しをしてきたのだろうか
はたまた時空を超えてやって来たのだろうか

こうなったら、とことん付き合ってやろう
そう決めると私は再び筆を執った
そして、知っている限りの海の向こうを手紙に綴った

宛先が度々変わることを
不審に思ったことが何度かあったが
その後も絵師との往復書簡は、しばらくの間、続いた

しかし、終わりは突然やってきた

初めての手紙から10ヶ月ほど経ったある日を境に
まるで糸が切れたかのように手紙が途絶えてしまったのだ

一体誰とやりとりをしていたのだろうか…

残された手紙に骨董商としての
好奇心を刺激された私が向かったのは
竹林の奥で見つけた、あの白い蔵だった

蔵の中は相変わらず、見事なくらい空っぽだったが
よく見ると部屋の隅っこに埃の積もった箱が置かれていた

蓋を開けると、浮世絵や墨絵、漫画のような写し絵など
中には数え切れないほどの絵が詰まっている

技法はそれぞれ違ったが
それらはまるで、私の綴った手紙が
そのまま絵になったようでもあった

信じられなかったが
骨董商として数々のお宝にふれてきた私には
それらの絵は江戸時代の作品としか、いいようがなかった

私は確信した。あの手紙は悪戯ではなかった
わずか10ヶ月の間ではあったが
265年続いた江戸時代のどこかの誰かと
時空を超えて繋がっていたのだ

個性に満ちた動物たち、深い海に暮らす魚たち
色とりどりの草花、唯一無二の色彩…

江戸の絵師が
手紙からの想像だけで描いたと思しき絵の数々は
模写には到達できない浪漫に満ちていた

いままで数々のお宝を掘り出してきたつもりでいたが
思えばそれは、誰かがこの世に残した、いうなれば人のものばかり

江戸時代の絵師との協業によって生まれた傑作の数々に
私ははじめて本物のお宝を手に入れたような気がした


fin


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